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僕がフルサイズを手放し、APS-Cを買いなおすまで

意気込んで買った、フルサイズのカメラ。

APS-C時代はあれほど欲しかったのに、羨ましかったのに、フルサイズを買った頃から写真を好きじゃあ無くなり始めた。

写真ってのは難しいもので、「真実を写す」だとか「ファインダーに撮らされる」だとか、はたまた現代は「アートだよ」とか。人によって解釈がまちまちで、それぞれの主張も頑固なことも多いです。

ゆえにって訳じゃあないですが、SNSが生活の一部を占めるこの時代で、僕が写真を嫌いになり、もう一度好きになる体験談を話せたらと思います。

ちょうど僕の20代で一周した、APS-Cとフルサイズ。そして写真に対する向き合い方。誰かも同じ経験をしたかもしれませんし、これからするかもしれません。考え方の一つとして、何か感じ取ってもらえたら嬉しいです^^

タイトルでは「手放す」ってあえて書いたけれど、フルサイズもちゃんと使い続けます。ちょっと距離を置くって感じですかね。

それと、クリックしてくれてありがとう^^

目次

はじめはワクワクした、APS-C

初任給で何を買おうか、ぼくは既に決まっていて、一眼レフカメラとレンズ2つのセットを買いました。

高校までガラケー育ちの僕にとって、写真を撮ることは大学以降のお話です。そりゃあまあ、APS-Cで撮影するのは楽しかったですね。

この思い出はつまらないと思いますので、次にいきましょうか(笑)

写真が好きで、上手くなるのも楽しかった

カメラってのは面白いもので、カメラがあるから上手に撮りたくなるってものでした。iPhone高性能化によって、カメラが要らないんじゃ?って悩んだ時もありましたが、趣味とは別の話。

カメラがあるから写真が楽しい。この=(イコール)の関係は心地よく、上達するのも楽しいんですよね。

だけどちょっと上達すると、上を見てしまうのが人間の悪い所なのかもしれません。ここからはちょっと暗い部分が入ってきますが、皆さんにも経験があるかも。

写真はSNSの時代へ(となりの芝は青いとか)

写真を始めていくらか経った頃、Instagramを中心としたSNSが流行りました。今でも流行っていますが、当初は特に「映え」中心のもの。素直に言えば、カッコよく揃ったアカウントが「カッコよく」見えました。羨ましかったです。共感してくれる方は多いと思います。

元々いろんな写真を撮るのが好きだった僕ですが、特に好きだった山だけに拘ろうとしちゃいました。そして写真を撮る事じゃあなくて、SNSアカウントを作ろうとしちゃったのです。良くないですよねー、これ。

楽しくなくなり始める、一歩目です。

フルサイズの購入と、身に着けた「あざとさ」

SNSに目が行って、人が羨ましくなったってのもあり、かねてより欲しかったフルサイズを購入。「構図の本」だとか「風景の本」だとか、5冊くらいですが買って勉強しました。

前景があった方が良い、光は斜めだとか、曲線は良いだとか、撮るなら朝イチだよねとか、、、

前だったら、見てて感動したら写真を撮るだったのに、この時からは「撮るために行く」「写真のために構図を考える」になっちゃいました。

これも悪くは無いんですが、向いていない人がこれにハマると大変です。

感情で動く人は前者が多分合っていて、思い出の写真とかで嬉しくなる気がします。僕はコッチだったと、最近気が付きました。後者は写真のために考える人で、職人気質なのかな?思っていた作品が出来たら嬉しい、ちょっとタイプが違いますよね。

感情タイプと理屈タイプが間違えて、人の事羨ましくなって真似するから、多分上手くいかないんですよね。

追い打ちをかけるように、Adobeのlightroomを契約。RAW現像をしているうちに、光は作れるって理解しました。

写真か、Adobeか、アートか、AIか。

そうなのです。光はAdobeで作れるので、前景を作るのもある程度は出来ちゃいます。手前を明るくすればいいのだから。もちろんそれまでに、多大な努力と忍耐で、太陽や晴天を待たなければいけない景色もあります。

それでもAdobeは、見た目以上に幻想的に仕上げられるとも理解し、写真とアートの境界が不明に。

それらはアートとしては素晴らしく、人も引き付けられ、現に僕も惹きつけられました。忍耐も必要で、パソコンのスキルも必要で、時間も必要。

むしろダメだったのは僕のほうで、時間もかけない、Photoshopの技術もつけない、何度も通うような忍耐も受け付けない。つまり作品を作る全てから逃げたので、そりゃあSNSも増えなくて当たり前。そのSNSは消しました。

SNSに疲れ、そして写真から「好き」を見失った

こうなったら闇落ちは早いですよね(笑)

今まで好きだった写真には、良く魅せようとするためのあざとさみたいな邪念が入り込み、かといってフルサイズを生かすような「勝負」もしない。

ぼくのフルサイズミラーレスと、恥ずかしながらF2.8のズームレンズは、50万円以上もするのにほとんど持ち歩かない状態に。宝の持ち腐れですよね。

写真でSNSはフォロワーを増やそうとか思わなくなりましたし、カメラはタダのデカいものです。

皮肉にもAPS-C時代にiPhoneと感情で差別化を図っていた僕は、Googleピクセルを入手し、「ピクセル画質いいからコレでいいや」ってなるように。

当初と真逆です。完全に写真から好きという気持ちが小さくなってしまいました。

自分の写真は「下手でダメな写真」

明らかなモチベーション低下に気付き、どうしたものかと思っていました。それでも大切な人と旅行に行ったとき、カメラをもう一度楽しいと感じ、撮りたくなる僕もいました。

理由はなんとなくわかってはいましたが、その頃丁度この書籍を読んで、はっとしました。

ポプラ社
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上記の本は、写真との向き合い方に気付くというか、修正するような本でした。

ダ・ヴィンチWebに概要がありますので、よければ見てみると面白いかもしれません。ちょっと棘のある話もありましたが、いい本だなと感じました。

そして僕の写真の正体に気が付きました。

前までは下手だけどいい写真だったのに、今は下手でダメな写真だったってことに。

でも僕の中にはまだ、写真が好きな気持ちが残っていますし、何よりもう一度好きになりたいと思っています。きっと本音は好きなので。

もう一度、写真を好きになりたくなった

なんか自分の写真に対する向き合い方が良く分からなくなり、何のために写真を撮ってるんだろってなりました。

それでも写真は良いものです。感動したときに撮った写真、ペットや友人の写真とかは思い出の感情と共によみがえり、写真っていいよな、って思う事もやっぱりあるのです。

そこでようやく気付いたことが、僕はフルサイズでAdobeで光で作品を作るのではなく、感性が動いた時に写真を撮ってたんだって思いました。

だったら持ち出すときに億劫にならないよう、自分にもプレッシャーをかけないよう、フルサイズを持たず、APS-C機をもって歩きたくなったのですよね。

そしてもう一度、最初にカメラを買った時のように、撮りたいものを撮るようにしたくなりました。多分カメラがもう一回好きに慣れそうな気がして。

中古でAPS-Cを購入(Z50)

沢山持ち歩くつもりで、中古で購入。

別に新しい機種が欲しいって訳でも無かったし、綺麗に使っていくつもりもありません。中古だからでしょうか、フルサイズからグレードダウンしたプレッシャーは、ものすごく減りました。

僕は写真が上手なわけじゃあないですので、コレくらいのサイズが丁度良いんですよね!

何を撮るってものでもない、とにかくいいなって思ったら写真を撮りたいです。

フルサイズを手放す、デメリットなどを話す感じでも無かったですが、感覚的には共感してくれる人もいるんじゃないかな?そう思って、記事にしてみました。

ここまで読んでくれた方がいましたら、どうもありがとう^^

写真楽しんでいきましょ!

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